ウィッツのつぶやき Vol.1252

2020年04月30日

2019年9月25日付けのブログVol.30でこんなことを書いていました。

半年以上たった今、そのままかそれ以上に酷くなっている現状に鑑みもう一度アップしてみたいと思います。


ネット記事を見ていて、「富裕層以外は死ぬまで働け。少子高齢化の加速で、2020年には女性の半数が50歳超えへ=鈴木傾城」https://www.mag2.com/p/money/774337?fbclid=IwAR0QYNZCEpm4jiMy7MTGP1EibzWAcIBTZM1LrnP_HieAIf9yr0dCrQZ5_hcという記事をみつけました。

今のままでいけば確かにそうかもしれません。

でも何故こんなに否定的に悲観的にものを考えるのでしょうか。

別に楽観的になれとは言いませんが、そういう下地があるなら、何故発展的にものを考えないかということを言いたいのです。

こんなことを書かれてしまったら、若者には未来はないし老人はそれこそ働きながら死ぬしかなくなってしまいます。

ではだれが悪いのかという事になりますが、普通の人はそれを全部政治や社会の所為にしようとするでしょう。

そんな考え方に陥ってしまったら本当に寂しいですね。

記事中「どんなに真面目であっても、日本の社会そのものが停滞し、凋落すればそれだけ不運に巻き込まれてしまう人が数百万、数千万人の単位で生まれて来る。」という記述がありますが、自分で手を打たない以上その生き方は真面目とは言えないのではないでしょうか。

実はイタリア展のときに話し合った元商社マンの人も見方としては否定的な見方をしていました。

具体策を提案すると、やはり身を切る提案には難色を示していました。

では日本人は茹でガエルでいいのかという事になります。

知らないうちにじわじわ茹でられて最後には熱湯に浸かって死んでしまう茹でガエルですが、否定的考え方でいつまでも何とかしてほしいと言っている限り気が付いたら熱湯の中に居ることになってしまいます。

年金をカットしてでも今の若者に教育を施し、海洋国家として可能性を秘めている海洋資源と海洋エネルギーの開発方法を研究してもらえば、日本はまだ無限の資源と可能性を秘めていることになります。

政治家も文筆家も新聞記者も、否定的な事ばかり言って発展的可能性を語らなければ、人々は夢を持つことを忘れてしまいます。

そういうことになったら、資源の奪い合いや富の奪い合いが始まります。

争いはそういう否定的な考えがもたらします。

夢と希望を与える、そういう流れを作らないと世の中は沈滞して前には進まなくなります。

そうなると破たんしか見えて来ません。

そういうことにならないように、我々は常に夢と希望を語れる民族でありたいと思っています。

若者を育てる、そういう意識で働けば、我々老人世代にもまだ見る夢は幾らもあると思います。

我々には悲観論や否定的見方はいりません。

夢と希望をもって前向きに進もうではありませんか。



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