2020年04月30日
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200501/k10012413201000.html
こんなことがあったのですねぇ。
他人の言葉をあげつらうつもりは毛頭ありませんが、世間一般の人は喩えそれが国会議員だとしても大学で学ぶことを単なる資格取得としてしか捉えていないという事がよく分かりました。
知識欲や開発欲を満足させる場としてみていないという事は「高卒で頑張っておられる方々」という言葉でよく分かります。
社会に出れば知識や学歴ではなく行動力や理解力適応力や判断力などあらゆる人間としての素養が必要となります。
そこでは大学卒業や高校卒業などのレッテルは関係ありません。
寧ろ大学を資格取得の場だと考えて卒業してくるような連中は大学を出ても殆ど役には立たず、ひ弱です。
社会構造が学歴だけを尊ぶ様になっているから学歴をひけらかす馬鹿を量産しているだけで学ぶ気が無いものは早々に大学を去れば良いのです。
学ぶ気の有るものは喩え金が無くても喩え大学に行かなくても深く学ぶことはできるのです。
金がないから学校に行けないのであれば学校をやめて働けばよろしかろう。
資格取得だけのための学校なら出ても出なくてもどの道同じ事です。
寧ろ国会議員なら学歴偏重を是正する方向に社会を誘導すべきでありましょう。
アルバイトが出来ないから学校をやめなければならないなんて、学校に何をしに行っているか分からないではないですか。
そういう考えが社会に蔓延するから自主性を期待しても簡単にルールを破るポンスカが出来てしまうのです。
国会議員なら大学に行けない人は大学に行かなくても社会がきちんと受け入れられる制度を作って欲しいものです。